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(-。-) ボソッ

日常をボソッとつぶやいてます。

日本人なら登っておこう

また前置きが長くなります。
雲一つない快晴の土曜日、仕事しながら、ふと思う。

「こんなとき山からの眺望はいいだろうなぁ」
「温海岳からも鳥海山が見えるだろうなぁ」
「そういや、あつみ観光案内所の登山情報に紹介されてるあの山も展望がいいんだっけ」
「明日も晴れて猛暑予報が出ててるから海のそばなら涼しいかも」


そう思ったらやっぱり行きたくなっちゃって、準備をしっかりしておいた。

その夜、軽く体をほぐしておくかとバドの練習に出かけたら、つい夢中になってしっかり練習。
帰ってきて、朝早いものでさっさと寝ようと横になったら、運動したばかりでなかなか寝付けない。
おまけに夜中にバイクが爆音立てて走りぬけ、その音で目が覚めてしまい、
寝たんだかどうだかわからないまま夜明けになって、若干体がだるいまま出発。
道具の準備は怠り無かったものの、自分の準備は不完全でありました。←反省

ドンドコ走って「さんない道の駅」、トイレで用を足そうと降りようとしたら、左の膝に違和感あり。
昨日のバド練習の影響か?そういや去年もバド練習のあと痛み出したんだっけ。
登る前からこんな調子では・・・・ と思いながらさらに車を走らせて、
今度はコンビニに朝食&おやつを買いによる。
前回はここから鳥海山がよく見えたのだけど、この日は霞んで、なんとなくしか見えない。
山からの展望に不安が過ぎりつつ、そういや前回も行き帰りにこのコンビニに寄ったっけ。
と思い出し走りだそうとしたら、地名看板が目に入る。
昭和
そうか、昭和のコンビニか・・・ なるほど昭和生まれのおいらにちょうどいい。(笑)

そんなこんなを行きの道中に考えながら、日本海岸沿いに出て新潟入り。
海沿いを走る
その頃はうす曇だけど、けっこう遠くまで見渡せる感じで、展望に期待が出てきつつ、
目指す山の登山口に到着。

日本国登山口
日本国登山口
日本国」という山名には諸説あって、山頂の案内板によると、
明峰「日本国」
 「日本国」山名の起こりは、諸説ありて定かでない。
人皇第三十二代崇峻天皇は在位五年にして、時の権力者曽我氏のために暗殺される。
その第一皇子、蜂子の皇子はその時御年五歳である。
聖徳太子は、皇子の身の上に魔の手の伸びるのを案じて、皇子を都より落としめた。
さすらいの身となった皇子は、越の国の最はてに来て大いに産業を興し五十三歳で出羽国羽黒山で没した。
皇子は晩年この高山に登りて、故郷飛鳥のある未申の方位を指差して「これより彼方は日本国(やまとのくに)」と仰せられた。
これが「日本国」の始まりと言う。
皇子なきあと大和朝廷は大化の改新を行い、蝦夷地平定の大業を進め、越の国の要害の地に柵を設けた。
その沼垂柵、岩舟柵、そして幻の柵と言われる都岐沙羅柵(つきさらのさく)は日本国と一致するとの学説もある。
又江戸後期、遠藤太郎次なる若者が、この山の頂で見事な鷹を捕らえ、
徳川十代将軍家治に献上せしところ将軍は「これは天下無双の鷹なるを持って、
捕れた山を「日本国」と名付けよ」と賞したという言い伝えもある。
まさに明峰「日本国」は千古の謎を秘めし山である。
         山北町

そして麓の案内板には、「昔、日本国村という村があった。云々・・」などと書かれていて、定かなことはわからないまま。
なんにしろ「日本国」とう山名に魅かれて、日本人なら登らねば・・・と出かけてきたのである。

さて、ようやく山行録。

登山口についたのは8時30分頃だと思う。
準備して、登山口向かいにある案内所に行く。
登山口の様子
名簿に記入しトイレに寄って、やっぱり膝の調子が悪いなぁと思いつつ出てきて、目に付いたトレッキングポールを手にした。
途端に背後から「あ、それ!」と声をかけられた。
おいらだけと思っていたもので、人が居たのにびっくりしつつ、手にしたのが自分のじゃないのに気がついて大慌て。
もうしわけないと謝りつつ、バツが悪くてあわてて出発。

登山案内図を確認して歩き始めました。
登山案内図

鳥居を潜ると、杉林の登山道が続きます。
すぐに分岐がある
少し歩くと「ラジウム清水」への道との分岐がありました。
この「ラジウム清水」は道路沿いに取り口が設けられていたので、スルーしました。

さらに登っていくと水場
水場
一口飲んでさらに進みます。
まもなく杉林を抜けてブナ混合林。
道は整備されていて歩きやすく、所々に距離表示がありました。
5-27
最初は何の表示かわからなかったんですが、大体100mごとにあって、1から順に進んでるから、
山頂まで2700mで、ここで500m進んだって事だと気がつきました。

松ヶ峰広場で腰を下ろして一休み。
松ヶ峰広場
松ヶ峰広場と言うけど松は見当たらないなぁと思ってると、登山口で失礼してしまった単独行の方が通過。
「さきほどは・・・」と軽く挨拶をして見送る。

ヨッコイショと歩き始め、10分ぐらいのところに沖見休憩所。
沖見休憩所
ベンチがありますが立ったまま展望を眺めました。

さらに上がると展望が見えるところがあって、
展望地
遠くに月山らしきシルエット・・・・ 霞んでてよくわからず。

さらに上がって蛇逃峠。
蛇逃峠
向かっていく途中ずっと男女の声が聞こえていたけど姿が見えず、あれれと思っていたら
ここから蔵王堂登山道に下りたようです。
蔵王堂登山道分岐

やがて鷹待場を通過。
鷹待場
「ここで鷹を待つのはいいんだけど、鷹はどうやって捕ったのかなぁ?」
そんな疑問が浮かびつつ、九十九折の登山道を進みます。
所々に分岐があって、下るときに使うショートカットルートを目にしました。
ショットカットルート

汗だくになりながら何とか山頂に到着。
日本国山頂
冷感シャツを着ていたのだけど、風が無いと普通のシャツとほぼ変わらず、
山頂で幾分吹いてる風で、ようやく涼しさを感じて一息つく。
頂上はと見渡すと上の写真の左手方向にありました。

日本国頂上
二等三角点 点名日本国 の頂上
ちょうど奥に温海岳が見えますが、あまり距離がないのに霞んでいて、
帰りに登ってみようかと思っていたのですが、遠望がききそうもないからと、この時点で諦めました。

休憩所が設置されていて、中には記念スタンプがあり、
休憩所
そのスタンプをついた紙と必要事項を書類に書いて特設ポストに投函すると登頂証明書が発行されるようです。

展望台も設置してありました。
展望台
上ってみましたが、木に周りを囲まれて展望できず。モニュメント化してました。
前出の山名云々はここに書いてありました。

展望は展望台より西側の広場から。
日本海展望
海の向こうに粟島が見えるのではと目を凝らしたのですが確認できず。
でも、写真ではうっすらと島影が写ってました。

涼しい山頂でしたが、いつまでもいる訳にはいきません。意を決して下ります。
下ってすぐ子供会か何かの団体さんとすれ違いました。
道を譲ったら小さな子(1・2年生ぐらいかな?)が「ありがとうございます」と駆け上がっていきました。
さすがに元気であります。

蛇逃峠まで下って、
蛇逃峠
案内板のルート説明では下りは蔵王堂登山道に進み、グルリと回るのが設定されていて、
当初はそっちへ下る気でいましたが、蛇逃峠からすぐ急傾斜の斜面を下るようになってて、
地形図を確認するとその急傾斜が続く道のようで、膝に不安のあるおいら、
また痛めたらと不安がよぎり、悩んだ末に元来た小俣登山口へと下りることにしました。

来た道を写真を撮りながら下りましたが、ほぼ同じ写真なので割愛。
出来事といえば、カップル二組とすれ違ったくらいでした。
ドンドン下って、登山口の休憩所到着。
登山名簿に下山時間を記録しようと時計を見たら、ぴったし3時間の山歩きでした。

GPS記録
GPSログ
行動距離は6.4kmほど、行動時間は支度などの時間を含めて3時間15分ぐらい。

帰りにはラジウム清水を汲んで、
ラジウム清水
とは言っても、飲み干したペットボトル2本分。
なにせ行く前は登山道の途中にあるようだから、荷物になるからそのくらいで十分と思ってた。
帰って来てから調べると、効能がいろいろあるようで、小俣集落では長寿の方が多いとか噂される程。
道路のそばでこんなに簡単に汲めるならタンクを持って行くんだった。と後悔しきり・・・・
次回はタンクをたっぷり積んで行こうと決めました。
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  1. 2019/05/27(月) 19:35:49|
  2. 日本国
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岩手県中央部に生息中のタヌキです。
ブログに日々の事柄綴ってたら、
だんだん備忘録なりつつあります。

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