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(-。-) ボソッ

日常をボソッとつぶやいてます。

五年たちました。

東日本大震災から五年経ちました。
広田
被災地では、建物が建ち始めてきて、道路では工事車両が行きかい、道路も付け替えされていたりで
復興が始まってるんだなと思えるようになりました。
それでもまだ多くの仮設住宅があり、所々には津波の被害がそのままのものもあり、見かけるたびに心が痛みます。
それはあの日の夜、真っ暗な中ラジオに耳を傾け、津波が来たこと、火災が起こったことを知りましたが
自分の想像をはるかに超えた災害だったことを、停電後についたテレビで目の当たりにし、
何か手助けをせねばと思ったのに、内陸では物流が途絶え、物も食料も燃料もほとんど手に入らず、
被災地に何も出来ないもどかしい思いをしいて、ようやく物流が良くなって、燃料もが手に入る頃には
仕事や生活に追われ、手を差し伸べれなかったのが心に傷となって残ってるんです。
被災にあった方々が、仮設住宅ではなく自分の家に住んで、地域が元のような賑わいをとりもどせば
おいらの心も癒えるのに、5年も経つにまだまだ先に思えます。

津波の被害の無かった内陸でも、物流が途絶えてしまったことで、経済的損失は大きいものでした。
酪農家は搾乳しても出荷できず、泣く泣く牛乳を捨てていたし、農家では農作業の遅れが収穫に響き、
その上、出荷しても風評被害で売れなかったと聞きます。
いろんな生産工場でも、原材料はあるもののパックなどの梱包品が足りず、生産制限をしていました。
うちの会社でも、部品の供給がなかなか元に戻らず、仕事量が激減。
自転車操業だったから、一旦止まるとその影響は大で、蓄えを切り崩しながらの操業でした。
ようやくなんとかめどがたってきたら、今度はアベノミクスである。
震災の影響からなんとか立ち上がったら、物価の値上がり・消費税アップとで地域経済ががた落ち。
アホノミクスと陰口たたかれてもあたりまえ。
去年はいくらか盛り返したと思っていたら、会社は微妙にまだ赤字・・・
控除のための書類をだしたら、使う必要が無いと戻ってきた。
こちらはそろそろ耐え忍ぶのも疲れてきた頃です。

どっかの総理がテレビで堂々と「30回ほど被災地を巡り・・・」と復興の後押ししてるような発言をしてましたが、
聴こえてくるのは「国は何もしてくれないから自分たちが頑張るしかない」との声。
被災地は建築資材の高騰や人手不足の問題など山積みで、思ったようにお店や家が建てられない。
5年も経つとそれぞれの生活の基盤は、避難場所にすっかり出来ていて、
町が復興してきても人が帰ってくるのかわからない。
今はまだ復興工事をしている人がいるおかげで、町の商売は成り立ってるけど、
工事が終われば町から人がいなくなってしまうのでは?という声も聞こえます。
そんな状態で肝心の経済政策のアベノミクスとやらは、どこにいったのかこちらには来ず、
『地方創生』といいながら、発展するのは経済圏ばかりで、ますます格差が広がっていくばかり・・・
被災地ばかりでなく、地方はいったいどうなると不安だらけであります。

昨日、今後5年間の復興基本方針を政府が発表したけれど、「いまさら」という気持ちになった。
「今年を東北観光復興元年にする」とか、17年度までに災害公営住宅や高台移転計画の9割を実現するとか
述べられてるけど、力を入れるのが遅すぎると思うのだ。
手放しで喜ぶわけにもいかず、もしや選挙のための政策ではと勘ぐられても仕方が無いのではなかろうか。

と、おいらの憤りは一旦胸のうちにしまい、
今日はあの日と同じ金曜日、天気も同じような時々雪の舞う空。
あの時と同じように一週間分の事務仕事をしながら、
14時46分、ラジオから流れるサイレンの音とともに黙祷をささげました。 ←よければクリックお願いします。
  1. 2016/03/11(金) 15:47:16|
  2. 復興
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岩手県中央部に生息中のタヌキです。
ブログに日々の事柄綴ってたら、
だんだん備忘録なりつつあります。

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